自叙伝記92

2017/09/22

驚がくの真実 これが日本の実態だ

 

 私が今まで発言してきたことを、トータル的に言うと、実はこの地上で今まで人間が「人間」だと思ってきたもの、存在は、大部分が「人間ではありませんよ」ということなのである。

 このことを人間が、ほんとの人間がつかみ得たとしたならば、人間は何をしなければいけないのか、つまり人類全体会議なるものを設置し、国連を結び、全体会議などをもって、この地上に現在いると思われる、未知存在、未知物体に対策をしていかないといけない、時期と言うものに来ているということなのだ。

 実は、日本では、いぜん「寄生獣」」というアニメが発刊され、それが現在は映画やドラマになっているが、あのアニメとまったく同じことが、実は現在の日本で起きているのであって、実はあのアニメとまったく同じ現状に、日本は立たされているのである。

 

この現実に目を見開き 真剣に受け止めていかない限りは人間に将来はない

 

 従ってわたしがここで何を言っているのか、何を発言しているのか、ということは実際にその寄生獣というアニメを一巻から購読すれば、全部わかると思われる。

 つまり私が言わんとしていることは、地上の大部分の人間が、人間ではないものを人間と思って、何の意識も持たずに接触しているということなのである。

 あの寄生獣というアニメは絵で表現できるから、私の言っていることをより簡単にあらわすことができているのだが、あのアニメを見たら一目瞭然、やはり未知なる生物、エイリアンが地球にいて、人間と同じ姿になり、その肉体を乗っ取ってしまっている。であるからあのマンガに出てくる地球の人間はみな、そのエイリアンのことをどこにでもいる普通の人間としか思っていない。結果、その被害を受けているというイメージがよくだされている。

 あれと同じような現状にあるのが、日本と思えば、私の言っていること、言わんとしていることがわかってもらえると思われる。

 

この これらの記事は私がその未知なる存在に遭遇している体験の記録でもある

 従ってわたしは現在命がけでこれらの記事を明記していることをどうか理解してもらいたい。現在私はその未知なる生物、存在に遭遇しているが、ここらに記載してきたことは、すべてその未知なる存在についてであり、実際にそれらの存在がもたらすものを、私なりに考え、まとめ、分析して考え出している彼等の数少ない情報と言えるだろう。そしてその情報は、おそらく私以外に提供している人間は少ない。なぜならば、それだけ、殆どの人間が彼等のことを人間と思ってしまっているのであって、彼等をエイリアンと自覚している人間はまだ少ないからなのである。

 同時に、彼等は平素と言うか普段は人間の前では人間を装っているから、彼等の異常性とも思われる未知なる性質や、彼等の実態自体を知る人間がほとんどこの地上にいないのである。ということは、ここで記載されていることは、その数少ない体験をしている私だけがもたらせるものであり、また彼ら自体が私にだけその本性を見せて、周囲の人間には自分たちの本性や正体を見せていないことも、その理由の一つだからなのだ。

 

宗教道徳、哲学教養の危険性はそこにある

 

 従ってわたしは現在この世界にある例えばキリスト教とか仏教にしても、あるいは人間に教えられている道徳にしても教養にしても、すべて一時、人間から撤回したほうがいいということをあらかじめ宣言しておく。

 なぜかと言うと、現在地上には人間でない何らかの未知なる存在が混ざり込んでおり、彼等は決して人間でないうえ、その地球人に対してはあらゆる害毒というか、危害をもたらす存在である。

 そういう存在がいるにかかわらず、人間が人を愛しましょうとか認めましょうとか、許しましょうとか、言っていたら、まずその未知なる存在の「実観」を誤ってみてしまうようにさえなるからだ。

 どういうことかと言うと、例えば、ヒグマである。ヒグマは生体になると人間を食べてしまうこともある。そのヒグマが仮に人間の姿になっているとしよう。でヒグマやクマなどは赤ちゃんの時は可愛らしいから、人間も彼等に餌をやったりして、可愛がっている。まるでペットのようにだ。だが、熊は人間ではない。私たちがこれだけ世話して可愛がったのだから、どうこういうものが通じるわけがない。そしてその熊が大人になって生体になると、その世話をした人間を食べてしまうこともあるわけで、そんな熊にたいして、おう、お前をこんなに大きくなるまで育ててやったとか、人間の論理を振りかざしても話にならない。

 あるいは、もっと言えば、このクマ、赤ちゃんの時は可愛くて世話してやったんだ、憶えているかな~と言って、その熊に近づいていっても話にならない。食べられてしまう場合もあるだろう。

 つまり、人間の宗教とか道徳とか教養があって、それらに自分の基準を合わせて、その存在に対応しても、無駄であると同時に、このクマの例えと同じように、考え違いをしているだけで、つまりまったく相手を誤解して接触して、思わぬ失敗を招いてしまう恐れが、その宗教であるとか教養などにあるからだ。

 つまり彼等のことを、一つの人間社会の宗教の教えとか教養に照らし合わせて、対応してしまうことは、人間の大きな危険があると言うことなのである。

 

彼等に関する情報は全くの未知であり、今から私によって示されてゆく

 

 そして彼等に関する情報はここで私が提供できるが、できるだけそれを知った人間は、周囲にその、私が提供する情報を口伝で広めていってもらいたい。そしてこれが国家の上層部組織に浸透し、五色人全体の問題としてまで発展するようにもっていくしかないのである。

 五色人全体というのは、人類共通の問題として扱い、取り扱って対策し、会議していかないと駄目な問題なのである。