【8 預言者 ダビデ王】

 

 

【美しく賢い慎みある女性アビガイル】

 

 

【サムエル第一 25章1節~44節 】  

 

25:1 やがてサムエルが死んだので,イスラエルはみな集まり,彼のために嘆き悲しみ,彼をラマのその家に葬った。それからダビデは立ち上がり,パランの荒野に下って行った。

2 さて,マオンにひとりの人がおり,その仕事はカルメルにあった。そして,その人は非常に大いなる者で,羊三千頭とやぎ一千頭を持っていた。彼はカルメルでその羊の毛を刈ることに[携わって]いた

3 ところで,その人の名はナバルといい,妻の名はアビガイルといった。そして,その妻は思慮深さの点で優れており,姿も美しかったが,夫は粗暴で,行ないが悪かった。彼はカレブ人であった

4 そして,ダビデはナバルがその羊の毛を刈っていることを荒野で聞いた

5 それでダビデは十人の若者を遣わし,ダビデはその若者たちに言った,「カルメルに上って行きなさい。あなた方はナバルのもとに行って,わたしの名でその安否を尋ねるのです

6 そして,わたしの兄弟にこのように言うのです。『あなたが無事でありますように。あなたの家の者も無事でありますように。あなたのお持ちのものもすべて無事でありますように

 

7 ところで今,わたしは毛を刈る者たちがあなたのところにいるのを聞きました。さて,あなたに属する羊飼いたちがわたしたちと共にいました。わたしたちは彼らを悩ましませんでしたし,彼らがカルメルにいた期間中ずっと,何一つとして彼らのものがなくなったことはありませんでした

8 あなたの若者たちに尋ねてみてください。彼らはあなたに話すでしょう。ですから,わたしの若者たちがあなたの目に恵みを得られるようにしてください。わたしたちは良い日に来たのですから。とにかく,どうか,何でもあなたの手元にあるものをこの僕どもと,あなたの子ダビデにお与えください』」
9 こうしてダビデの若者たちはやって来て,ダビデの名によってすべてこれらの言葉どおりにナバルに話し,それから待った

10 そこでナバルはダビデの僕たちに答えて言った,「ダビデとは何者だ。エッサイの子とは何者だ。このごろは,それぞれ自分の主人の前から逃げ出す僕が多くなった

 

11 それなのに,わたしのパンとわたしの水,それにわたしのところの毛を刈る者たちのためにほふった,わたしのほふられたものの肉を取り,どこから来たのかも分からない者たちにそれを与えなければならないのか」。
12 そこで,ダビデの若者たちは自分たちの道を引き返し,帰って来て,すべてこれらの言葉どおり彼に報告した。

13 ダビデは直ちにその部下に言った,「各々自分の剣を身に帯びよ!」 それで彼らは各々自分の剣を身に帯び,ダビデもまた自分の剣を身に帯びた。彼ら,およそ四百人の者は,ダビデに従って上って行くことにした。一方,二百人は荷物のそばに座った

14 その間に,ナバルの妻アビガイルに,若者たちの一人が報告して言った,「ご覧なさい,ダビデはわたしたちの主人の幸せを祈るために,荒野から使者たちを遣わしたのに,[ご主人]は彼らをどなりつけました

15 それに,あの人たちはわたしたちに大変よくしてくれました。彼らはわたしたちを悩ましませんでしたし,わたしたちは野にいたとき,彼らと共に歩き回っていた期間中もずっと,何一つなくしませんでした

16 わたしたちが彼らと共にいて,羊の群れを飼っていた期間中ずっと,彼らは夜も昼もわたしたちの周りで壁となってくれました

 

17 それで今,あなたはどうすべきかを知り,わきまえてください。災いがわたしたちの主人とその全家に対して定められているからです。[ご主人]は話をしようにも全くどうしようもない方なのです」
18 直ちに,アビガイルは急いでパン二百個,ぶどう酒の入った大きなつぼ二つ,整えた羊五頭,炒った穀物五セア,干しぶどうの菓子百個,押し固めたいちじくの菓子二百個を取り,それらをろばに載せた

19 それから彼女はその若者たちに言った,「わたしより先に進みなさい。ご覧なさい,わたしはあなた方に従って行きます」。しかし,自分の夫ナバルには彼女は何も告げなかった。
20 そして,彼女がろばに乗り,ひそかに山を下って行くと,何と,ダビデとその部下が下って来るところで,彼女と会うことになったのである。それで,彼女は彼らに出会った。

 

21 一方ダビデは,こう言っていた。「わたしは荒野でこの男に属するものをみな守ってやり,彼に属するものすべてのうちただのひとつもなくなったものはなかったが,それは全く期待外れだった。それなのに,彼は善に代えて悪をわたしに返している

22 もしわたしが彼に属するすべての者のうち,壁に向かって放尿する者をひとりでも朝まで残して置くならば,神がダビデの敵にそのようになさり,重ねてそのようになさるように」

23 アビガイルはダビデを見かけると,すぐに急いでろばから降り,ダビデの前で顔を伏せてひれ伏し,地に身をかがめた

24 そうして,彼の足もとに伏して言った,「我が主よ,この私の上にあのとががありますように。どうか,この奴隷女にあなたの耳に話させてくださり,この奴隷女の言葉をお聴きください

 

25 どうか,我が主がこのどうしようもない男ナバルに心をお向けになりませんように。その名のように,あの人はそのような者でございますから。ナバルというのがその名で,無分別があの人と共にあるのです。あなたの奴隷女である私は,あなたがお遣わしになった,我が主の若者たちを見ませんでした

 

26 それで今,我が主よ,エホバは生きておられ,あなたの魂も生きております。エホバはあなたが血の罪に陥り,あなたの手があなたの救いとなることをとどめられました。ですから今,あなたの敵と,我が主に危害を加えようとする者たちがナバルのようになりますように

27 それで今,このはしためが我が主に持って参りましたこの祝福の贈り物につきましては,我が主の足跡に従って歩き回っている若者たちに与えられますように

 

28 どうか,この奴隷女の違犯をお赦しください。エホバは必ず我が主のために永続する家を作られるからです。エホバの戦いを我が主は戦っておられるのですから。悪いことは,あなたの生涯中,あなたのうちに見いだされることはないでしょう

29 人があなたを追跡し,あなたの魂を捜し求めようとして立ち上がるとき,我が主の魂は必ずあなたの神エホバのもとの命の袋に包まれていることでしょう。しかし,あなたの敵の魂については,石投げのくぼみの中からするように,[神]は石投げでこれを投げ出されるでしょう

30 そして,エホバはその話されたすべてのことにしたがって我が主に,あなたに対して良いことを行なってくださいますので,必ずあなたをイスラエルの指導者として任命なさることでしょう

 

31 ですから,故なく血を流し,また我が主[の手]がその救いとなって,これがあなたにとってよろめきのもと,また我が主の心のつまずきのもととなりませんように。そして,エホバは必ず我が主によくしてくださいますので,この奴隷女をぜひ思い出されますように」

32 そこでダビデはアビガイルに言った,「この日にあなたを遣わしてわたしに会わせてくださったイスラエルの神エホバがほめたたえられるように!

33 そして,あなたの分別がほめたたえられ,またこの日にわたしが血の罪に陥り,わたしの手がわたしの救いとなるのを思いとどまらせたあなたがほめたたえられるように

34 だが,反対に,わたしがあなたに危害を加えるのをとどめられたイスラエルの神エホバは生きておられる。もしあなたが急いでわたしに会おうとして来なかったなら,確かに,明け方までにナバルには壁に向かって放尿する者はひとりも残らなかったであろう」

 

35 そこで,ダビデは彼女の手からその持って来たものを受け取り,彼女に言った,「安心してあなたの家に上って行きなさい。ご覧なさい,わたしはあなたの声を聴き入れたので,あなたの身を考慮してあげよう」

36 その後,アビガイルはナバルのところに来たが,見よ,彼は自分の家で王の宴のような宴を催していた。ナバルの心はその内で快く感じており,彼はこの上なく酔っていたので,彼女は明け方まで,大小を問わず,一事も彼に話さなかった

 

37 そして,朝になって,ぶどう酒[の酔い]がナバルから去ってから,その妻はこれらの事を彼に語りだしたのである。すると,彼の心はその内で死んだようになり,彼は石のようになった

38 その後,約十日たって,エホバはナバルを打たれたので,彼は死んだ
39 そして,ダビデはナバルが死んだことをやがて聞いた。それで彼は言った,「ナバルの手から[わたしを自由にするため]わたしの非難の訴えを処理し,ご自分の僕が悪いことをするのを食い止めてくださったエホバがほめたたえられるように。ナバルの悪をエホバは彼の頭に返された!」 こうしてダビデは人をやって,アビガイルを自分の妻としてめとる旨を彼女に申し入れた

 

40 それでダビデの僕たちはカルメルのアビガイルのところに来て,彼女に話して言った,「ダビデがあなたを妻としてめとるためにわたしたちをあなたのもとに遣わしました」

41 直ちに彼女は立ち上がり,地に顔を伏せて身をかがめて言った,「ここに我が主の僕たちの足を洗うはしためのこの奴隷女がおります」。

 

42 それから,アビガイルは急いで立ち上がり,彼女について行く自分の五人の侍女を連れてろばに乗った。彼女はダビデの使者たちに伴って行き,こうしてその妻となった
43 ダビデはエズレル出身のアヒノアムをもめとっていたので,この女たちは二人ともその妻となった
44 一方サウルは,その娘,ダビデの妻ミカルをガリム出身の者であるライシュの子パルティに与えていた」

 


「25章」

 

サムエルの死後,依然として流浪の身にあったダビデは,パランの荒野に住むようになる。ダビデとその部下たちは,ヘブロンの南にあるカルメルで畜類を飼育していた裕福な人ナバルに親切を示した。


 

《あらすじ》

ダビデとその配下の者たちはナバルの羊の群れの近くに野営。ダビデの一行はイスラエル人の同胞ナバルに対する親切心から費用を求めずに日夜、羊3,000頭とやぎ1,000頭から成るナバルの群れを略奪隊から守ってきた。そのためダビデは食糧不足時に10人の若者をナバルのもとに遣わして食べ物を分けてもらえるだろうかとお願いした。ナバルにとっては日頃お世話になる将来の王に感謝を表わし神の油そそがれたダビデに誉れを与える機会となったはず。ところがナバルは正反対のことをした。急に激しく怒鳴り散らしダビデに対する侮辱の言葉を述べ,若者たちをむなし手で去らせた。これを聞くとダビデは武装した400人の部下を集めて仕返しに乗り出した。アビガイルは夫の粗暴な対応を知ると迅速に且つ慎重に行動しダビデの気持ちを静めるために食糧を惜しみなく送った(2~20節)


ダビデに会ったアビガイルは謙遜に憐れみを請い求め深い敬意を表明。

「エホバは必ず我が主のために永続する家を作られ(ま)す。エホバの戦いを我が主は戦っておられるのですから」と賢く語る。さらに,「エホバがダビデをイスラエルの指導者として任命なさるでしょう」と神への信仰も表明(28‐30節)

さらにアビガイルはかなりの勇気を示し「あくまでも仕返ししようとするなら血の罪を負うことになるでしょう」とダビデに語った(26,31節)

ダビデはアビガイルの謙遜さ,深い敬意,明晰な思考によって本心に立ち返り,このように答えた。「この日にあなたを遣わしてわたしに会わせてくださったイスラエルの神エホバがほめたたえられるように! そして,あなたの分別がほめたたえられ,またこの日にわたしが血の罪に陥…るのを思いとどまらせたあなたがほめたたえられるように」(32,33節)


家に戻ったアビガイルはダビデに自分が贈り物をしたことについて夫にはっきりと語るつもりでいた。しかし,家にいた夫は「この上なく酔って」いた。それで酔いがさめるのを待ってから話した。ナバルは非常な衝撃を受け,ある種の麻痺と思われるものに襲われる。10日後,神のみ手にあって死んだ。ダビデはナバルの死について知るとアビガイルに結婚を申し込む。アビガイルに感心し深い敬意を持ったため。アビガイルはダビデの申し出を受け入れた(34‐42節)

 

 

 

「神から愛された美しいアビガイルの特徴」

 

《身体的に非情に美しい女性》

《ダビデが妻にするほどの優れた女性》
《穏やかな物腰》

《深い敬意》

《貞潔さ》

《識別力》

《慈悲深さ》

 

《柔和さ》

《気品》

《品格》

《感謝心の厚い人》

《物分かりの良い女性》

《賢明さ》

《正しい判断力》

 

《知恵》

《平穏さ》

《霊的な見方》

《神への愛》

《勤勉さ》

《機敏さ》

《慎み深さ》

 

《明敏さ》

《謙遜さ》

《神の心を喜ばせた女性》

《神への敬虔な恐れ》

《利他的》

《神への深い愛

《神との深い親交》

 

《分別》

昔の多くの忠実な女性は分別という際立った特質を所有し神の民にとっては貴重な資産となる。夫ナバルは富裕で粗暴で短気で恩知らず。アビガイルの分別によって多くの命が救われた。スラエルの王になるダビデも血の罪を負わずにすんだほどの女性。25章から祝福されたこの女性を堪能してください。


《慎重さ》

周りの人の感情が高ぶっている時に,穏やかで道理をわきまえた話し方。神は「信仰のうちに求めつづける」すべての人に,知恵と識別力と思考力を与えると約束しておられる(ヤコ1:5,6箴2:1‐6,10,11)

 

《信仰》

神は、夫への従順を、盲目の信仰と同一していない。夫が間違っている時、妻は夫の了解を得ず瞬時に行動することの益。物質面では欲求不満になりそうなほど貧しくても,霊的にはすばらしく富んだ状態でいられるのです。

 

《思慮深さ》
事の次第を聞いたアビガイルは,直ちにパン,ぶどう酒,肉,干しぶどうといちじくの菓子を準備し,ダビデに会いに行く。敬意を超めてダビデに信仰の表明。

 

《温和》

ダビデに,「我が主よ,この私の上にあのとががありますように。どうか,この奴隷女にあなたの耳に話させてくださり,この奴隷女の言葉をお聴きください」と嘆願します。アビガイルの温和な懇願によりダビデの心は和らぐ。ダビデはアビガイルの説明に耳を傾けた後,こう言った。「この日にあなたを遣わしてわたしに会わせてくださったイスラエルの神エホバがほめたたえられるように! そして,あなたの分別がほめたたえられ,またこの日にわたしが血の罪に陥り,わたしの手がわたしの救いとなるのを思いとどまらせたあなたがほめたたえられるように」(25:18,24,32,33)アビガイルは,そのりっぱな特質のゆえに,ダビデの妻になるという喜びを得た。その温和さはクリスチャンの模範(25:36‐42)「温和な答えは激しい怒りを遠ざけ,痛みを生じさせる言葉は怒りを引き起こす」と箴言 15章1節は述べています。
だれかに腹を立てた時,仕返しをしたり,「その人をしかりつけ」たりしてやろうという気持ちに駆られますか。それは重大な結果を招きかねません。

 

アビガイルの謙遜な嘆願によって,ダビデの怒りは収まる。確かに多くの場合,「温和な答え」は他の人の怒りを遠ざけることができます。しかし,温和な答えがそのように功を奏さない場合は,神を待ちましょう。

 

《洞察力》

「怒りを遅くする」
箴言 19章11節

「人の洞察力は確かにその怒りを遅くする」

洞察力とは状況を見抜く行為または力のことで行動を起こす前に問題に関する事実をすべて把握します。洞察力を働かせるなら,怒る理由は最初から少しもないことが分かる。遅刻する人をお咎めする前に,遅くなったわけを理解しようとする行為が洞察力です。かんしゃくを起こさずにすむでしょう。

さらに、洞察力には,腹を立てて仕返しをする場合の結果を考慮するだけのゆとりを持つことも含まれる。ダビデ王はアビガイルのおかげで多くの人の貴重な死を留まった。

 

アビガイルはまず、神を恐れる敬虔な女性でした。多くのクリスチャン女性はアビガイル模範としています。

 

 

 

「ナバル(無分別なm、愚鈍な意)の特徴」

羊の所有者である富裕なマオン人で,ユダのカルメルで群れを放牧し,その毛を刈っていた人。ナバルはまた,カレブ人,つまりカレブの子孫として知られていた。聖書中の人物でナバルほど侮べつ的な言葉で描写されている人はいない。『[彼は]粗暴で,行ないが悪く』,『話をしようにも全くどうしようもない者[ベリアルの子]で』,『善に代えて悪を返し』,『無分別が共にある』(25:2,3,17,21,25)

 

《アビガイルの夫ナバルは粗暴な男性》

ナバルは自らの粗暴さのゆえに死ぬ。

非常に裕福だったが,「粗暴で,行ないが悪かった」人。ダビデはナバルと彼に属する者たちを殺しに行く。アビガイルは食物や飲み物の寛大な贈り物でダビデを出迎え,弁解の余地のない夫の行動を謝罪し,罪のない者たちの命乞いをします(25:13,18‐31)

 

《ナバルは愚か者》
聖書の中で使われている「愚か者」という言葉は,知能の乏しい人を表わすよりも,普通,道理を軽蔑し
神の義の規準と調和しない,道徳的に無分別な歩み方をする人。

 

「愚か者,すなわち無分別な者は『ただ無分別を語り,その心は有害なことを行なう。それは背教を行ない,エホバに向かって道理に反したことを語り,飢えている者の魂を空のままにさせるためであり,彼は渇いている者をさえ飲み物もないままにさせておく」(イザ32:6)

 

愚か者は知恵や懲らしめを軽視(箴1:7)愚か者は助言に留意する代わりに『自らの目に正しい』と思える道を歩み続ける(箴12:15)そのような人はすぐに腹を立てて,抗論に躍り込む(伝7:9 箴20:3)

心の中で,「エホバはいない」と言う人(唇では余り多くの言葉を述べなくても行動はその人が何を考えているかを示す)(詩14:1)
イエスは書士やパリサイ人を適切にも「愚か者,また盲目の者たち」,すなわち知恵のない,道徳的に無価値な人々と呼ばれた。人間の作り出した伝統によって真理を歪め偽善的な歩み方に従っていた。さらに彼らが識別力に欠けていることを例証(マタ23:15‐22 15:3)

しかし,兄弟を「卑しむべき愚か者」と呼び,道徳的に無価値な者として自分の兄弟を裁く者はゲヘナに処せられる(マタ5:22 ロマ14:10‐12 マタ7:1,2)


砂の上に家を建てた愚かな人や,土地が豊かに産出したので貯蔵所を拡張して生活を楽しもうと考えた富んだ人は,日常生活から取られたイエスの優れた例えの例です。霊的な事柄をおろそかにして真の祝福を得損なうことの愚かさを強調した。さらに,霊的な仕方で『ずっと見張っている』のを怠るのは愚かなこと(マタ7:24‐27 ルカ 12:16‐21 マタ 25:1‐13)

 

ある意味、本当に賢い者となるには,世の人々の目から愚かな者とならなければなりません。

「この世の知恵は神にとっては愚かなものだからです」

結果として恵みを受けた人の側の誇る理由はことごとく取り去られ,栄光はすべて,当然のこととして,知恵の源であられる神に帰せられます(コリ一3:18,19; 1:18‐31)


愚か者の特徴は下劣な論法に訴えため、その愚かさと調和した仕方で,つまり「その愚かさに従って」答える人は愚かな者の不合理な推論や方法に従うことになる。

 

この点で愚か者のようにならないようにするため,箴言は述べる。

「愚鈍な者にその愚かさにしたがって答えてはならない」諭す。一方,箴言 26章4,5節は,愚かな者の主張を分析し,それがばかげていることを暴露し,当人の論法が自分で導き出したのとは全く異なる結論に行き着くことを示すという意味で,愚か者に「その愚かさにしたがって」答えるのは有益な場合があることを示す。

 

 

 

「自分の心に語りなさい」
他の人が言った事や,した事のため非常に腹のたつ場合が時にあります。このように人をいらだたせる事態に直面した時どうすべきですか。

聖書は次のことを勧めています。

 

「あなたがたは怒っても,罪を犯してはならない。床の上で静かに自分の心に語りなさい」(詩4:4)

この助言には真の知恵があります。怒りの気持ちにかられて当然な場合もあるでしょう。しかしそうした時にこそ,特に自制が必要です。相手に向かって激しい行動に出て騒動を起こし,同様な仕打ちで仕返しをして相手の人に対し罪を犯す危険があります。これは激しい口論にならないとも限りません。いきり立った状態の時に人はしばしば後で深く後悔するような事をします。かっとなって親族や友人に重い傷を負わせたり殺したりさえする人のことを聞くのは今日そう珍しいことではありません。夜の静かな時間に自分のいらだった気持ちを静めるようにとの助言は確かに賢明なものです。

無分別な行動をしないためには,自分の言う事やする事の結果を思いはかることが必要です。神のしもべダビデはある時この事をしなかったため,ナバルという人に対して激しい怒りを覚え,危うく流血の罪を犯すところでした。これがその出来事でした。

 

 

 

絶対!永遠!絶対♡永遠!